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格闘家 > アントニオ猪木
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アントニオ猪木
http://www.toukon.tv/ [公式サイト]
[本名]猪木 寛至
[生年月日]1943年2月20日
[身長]191cm
[体重]102kg
[出身]神奈川県
[リングネーム]アントニオ猪木
[得意技]卍固め、延髄斬り、ナックル・パート

新日本プロレス 創始者。
1957年から一家でブラジルに移住していたところ、
ブラジルへ立ち寄った力道山にスカウトされ、日本プロレス入団。
1960年9月30日、大木金太郎戦でデビュー。
同日、ジャイアント馬場もデビューしている。
1964年、アメリカ武者修行に赴き、2年後帰国。
東京プロレスを旗揚げし、エースとして活躍。
ジョニー・バレンタインとの一戦は昭和プロレス史に残る名勝負となった。
しかし東京プロレスが破産し、古巣の日本プロレスに戻る。
復帰後は馬場に次ぐ待遇を受け、UNヘビー級王座を獲得する等の活躍を見せたが、馬場との対戦要求が受け入れられないことなど、日本プロレスとの確執から1971年に追放処分を受けた。
1972年、新日本プロレスを旗揚げ。当初はテレビ放送もなかったが、世論は次第に日本プロレスから新日本プロレス支持に移り変わり、プロレス黄金時代を築いた。
「プロレスこそ全ての格闘技の頂点である」という「ストロングスタイル」を標榜し、異種格闘技戦にも挑戦。ウィリー・ウィリアムス、モハメド・アリとの対戦は話題を呼んだ。
1989年にスポーツ平和党を結成し、レスラー出身で発の国会議員となり様々な活動を行った。
1998年、東京ドームで引退。
引退後は、PRIDE、INOKI BOM-BA-YE などで活動し、
2007年3月、新団体「イノキ・ゲノム・ジェネレーション」発足。
旗揚げ戦を6月に行うと発表している。
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